この記事では、「neurodiverse(ニューロダイバース)」と「neurodivergent(ニューロダイバージェント)」という言葉を使い分けています。後者は、脳のタイプが非定型である個人を指し、「neurodiversity(ニューロダイバーシティ)」には定型の個人も含まれるため、この区別は重要です。
私たちは時々、視野が広がるような出来事に遭遇することがあります。人との交流や、不運な病気など試練を突きつけられる経験、あるいは一冊の本との出会いの場合もあります。その中で私が特に感銘を受け、目から鱗だった本の一つに、ジル・ボルテ・テイラー博士の『My Stroke of Insight』という著書があります。
著者は、1996年に脳卒中を経験しました。この本では、彼女が経験した回復への道のりと、その経験に関連する神経科学について独自の視点で説明しています。ある日激しい頭痛で目を覚ましたテイラー博士は、身体機能と認知能力が急激に衰え始め、自分が脳卒中の真っ最中であることに気づきました。驚くべきことに、脳の左半球が機能しなくなるにつれ、彼女は右半球と連動して平和と世界とのつながりが高まった状態を経験したのです。
この本は、自分の世界の捉え方は無数の可能性の一つに過ぎないという気づきを与えてくれました。私たちの脳は本当に驚異的で、本の一節にこれをよく示す言葉があります:
「私は物理的な三次元の感覚を失っていた。シャワーの壁に寄りかかっている自分の身体がどこから始まってどこで終わっているのか、物理的な境界線をはっきりと認識できないのは不思議な気分だった。自分の存在が、固体というよりむしろ流動体のように思えた。すべてから切り離された一つの物体として自分を捉えることはできず、周りの空間や流れと一体化しているように感じたのだ。」
彼女の体験はとてもドラマチックで、ほとんどの人が生涯で経験することはありませんが、この「瞬間的な洞察」は非常に感慨深いものがあります。この物語は、脳のわずかな変化によって私たちの世界観が大きく変わることが強調されています。そして、街で見かけるすべての人々が、それぞれの独自の視点で世界を認識していることも容易に想像できます。
例えば、聴覚障がいがある人について考えてみましょう。聴覚がないこと、そして手話を使うことが彼らの空間認識を高めているとされています(オリバー・サックスの『Seeing Voices』に記されています)。脳の空間認識を司る部分がより発達している彼らの世界観や日常のやりとりは、聴者とは異なるはずです。ヒトの違いは些細なものかもしれませんが、何十億ものユニークな世界の見方があるという考えは、非常に興味深く魅力的です。そして、その差異が臨床的に重要なレベルに達した場合、「neurodivergence(ニューロダイバージェンス)」が関係してくるのです。
ニューロダイバーシティとAI
ある調査によると、人口の約15~20%がニューロダイバージェントであるとされています。これには、ディスレクシア(読字障がい)10%、ディスプラクシア(統合運動障がい)6%、ADHD5%、自閉症1~2%が含まれます(もちろん、他にもさまざまなニューロダイバージェンスの形態が存在します)。ニューロダイバージェンスは、認識に関する多角的な視点を気づかせてくれると同時に、従来のインテリジェンスの概念を問い直すものでもあります。これまでインテリジェンスは、IQテストのようなツールで測定され、狭い定義をされてきました。しかし、ニューロダイバージェンスという概念を受け入れると、インテリジェンスはもはや直線的な尺度ではなく、多次元的な能力と表現できます。例えば、ディスレクシアの人は、読み書きに課題を抱えていたとしても、空間的な推理力で秀でているかもしれません。同様に、自閉症の人が並外れた記憶力やパターン認識能力を持っている場合もあるでしょう。このような神経系の多様性は、単一の指標には縛られない知性の多面的な性質を示しています。
このインテリジェンスの理解は、人工知能(AI)を理解する上でも極めて重要です。私たちは、自分たちが持つインテリジェンスの概念をAIに当てはめがちで、人間中心の単一のパラダイムに縛られてしまいます。その結果、メディアの議論はAIの能力と人間の能力を比較することに集中します。AIにユーモアはあるのか?共感する能力はあるのか?AIの限界を否定するときもあれば、ディストピア的な恐怖に囚われるときもあります。このような混乱や不安は、インテリジェンスに対する理解の不足から生じており、今後AIと私たちの関係の発展を妨げる可能性があります。
AIは、インテリジェンスに関する問題を提起しています。初期のAI研究者の多くが人間の認知に魅了され、現在の多くの研究者もコンピュータ科学と認知科学の交差点に立っています。しかし、私たちは脳について完全に理解するには程遠く、専門家の中には、AIが人間の知能を正確に模倣する必要はないと考えている者もいるようです。例えば、スチュアート・ラッセルは、AIは人間の認知から独立した独自の知的形態を示すと示唆しています。
人間のように考えるAIを作り上げることには明らかに価値があります。しかし、それは「インテリジェンス」が同一であるべきだという意味ではありません。人間には人間独自の強みがあり、一方AIはパターン認識などの分野で人間の能力を上回ることができます。ニューロダイバージェンスという概念は、これを脅威と捉えるのではなく、インサイトを与えてくれます。人間のインテリジェンスの多様さに対する理解を深めることで、AIをひとつのインテリジェンスの形として受け入れ、その成果を純粋に評価できるようになります。これにより、私たちは未来についてのより明確で建設的な対話が可能になるでしょう。
ここには、両者の強みを活かす可能性があります。AIがニューロダイバージェントに関連する課題を補完し、AIが自らの強みを高める世界を想像してみてください。人間と機械のこの共生関係は、私たちがまだ探求し始めたばかりのインテリジェンスへの理解を根本的に変えるかもしれません。
インテリジェンスが多面的であることを受け入れると、ニューロダイバージェンスがAI研究にどのように影響を与えるかを想像できます。たとえば、AIシステムにもそれぞれ異なるニューロダイバーシティが存在するかもしれません。アルゴリズムやアーキテクチャ、ニューラルネットワーク、シンボリックAI、確率モデルなど、それぞれが異なる「インテリジェンス」を持っており、これらは特定のタスクに秀でたり、他の面では不得意な場合もあります。これは人間の認知や知覚に見られる変動性に似ており、AIに新しいインテリジェンスモデルのヒントを与えます。
AIはまた、さまざまな学習スタイルや嗜好に対応するパーソナライズされた学習環境を提供することで、ニューロダイバージェントの課題を緩和することもできます。例えば、Salesforceは、長い文章を要約するAIを開発し、ニューロダイバージェントな従業員の認知負荷を軽減する取り組みを行っています。iTherapyのInnerVoiceは、AIを利用して物体と言語を結びつけ、3Dアバターによって口頭で話せない人を支援しています。
これらの進展には期待が持てますが、ニューロダイバージェンスに焦点を当てた現在のAIイニシアチブの多くは、ニューロダイバージェント当事者が既存の枠組みに合わせるのを手助けする補助技術の範疇にあります。次の段階は、彼らを既存のシステムに適合させるだけでなく、異なるニューロダイバージェンスがもたらす独自の強みを認識し、その価値を評価することにあるかもしれません。例えば、自閉症スペクトラムの従業員が大規模なデータセットを効率的に処理し、パターンを検出する能力があることが発見されたことから、一部の企業では、技術系の職種におけるニューロダイバージェント当事者の採用・トレーニングを重視し始めました。
先日、車いすに乗る日本のパラリンピック選手たちと会議を行ったDALの同僚が、こんなエピソードを話してくれました。彼らは、日常生活において街中での移動などで他者にサポートをお願いするからなのか、物事を詳細に説明する能力に長けていました。そのため彼らのコーチは、このような選手たちはプロンプトエンジニアリングの分野で優れているのではと推測しているそうです。障がいとニューロダイバージェンスは異なるカテゴリーに分類されることは間違いありませんが、このエピソードは、ニューロダイバシティの「ダイバーシティ(多様性)」を認め合い讃えるために、AIという将来性のある分野が何をすべきかを示唆しています。
テイラー博士の刺激的な旅路と、多くのニューロダイバージェント当事者の実体験は、インテリジェンスが取りうる無限の形を物語っています。AIは、私たちがこれらの多様な認知的な世界を探求し、讃え、向上するための鏡であり、レンズでもあります。しかし、AIの可能性を受け入れると同時に、AIが何かを除外するための道具にならないように注意する必要があります。例えば、AIは偏見についての取り組みを続けており、アルゴリズム内のジェンダーや人種の偏見に対処する取り組みが注目されています。ただ、ニューロダイバージェンスの領域は、AIの議論においては依然として関心度が低い現状があります。お互いが結びつく未来に向かって歩む私たちは、それが人間の脳のネットワークから生み出されるものであれ、機械の複雑なアルゴリズムから生み出されるものであれ、多様性の美しさを支持することが重要なのです。この多様性を評価し、尊重することによってのみ、人間とAIが共に成功できる可能性を本質的に引き出すことができるのです。
DALとDGは、人間性あふれる価値観と技術が共存する環境を育むことに取り組んでいます。私たちは多様性と包括性の理念を大切にしており、ニューロダイバージェンスを受け入れることは、これらの原則を直接反映したものだと考えています。このような観点から、DALとDGは最近、千葉工業大学(CIT)主催のニューロダイバーシティ・シンポジウムの会場スポンサーを務めました。多くのDALメンバーがセッションの進行役を務めたり、オーディエンスとして参加するなど、サポートの意を示しました。DALは、ニューロダイバーシティを理解し支持するために、日本、そしてより広い国際社会がさらなる投資を行うことが重要だと考えています。シンポジウムのように一歩を踏み出すことは、未来への前進です。ニューロダイバーシティとテクノロジー、そして社会との接点について、私たちと一緒に考えていきましょう。
Joseph Park is the Content Lead at DAL(joseph@dalab.xyz)
Translation: Yudai Kachi